2013年07月

2013年07月31日

佛教の教え(10)四法印①四法印とは

四法印

法印とは「佛法の旗印」と云う意味で、佛教(内道)か、佛教ではない教え(外道)かを判断する目安となる佛教の教えの最も基本的な考え(根本原理)を云います。
然るに、三法印(さんぼういん)とは、「三つの佛教を特徴づける真理」と云う意味です。
「諸行無常印」(しょぎょうむじょう)
「諸法無我印」(しょうほうむが)
「涅槃寂静印」(ねはんじゃくじょう)の三つを云います。
この三法印の特徴を持っているものが佛教であり、無ければ佛教ではないと云うことになります。
この三法印に、「一切皆苦」(いっさいかいく)を加えて四法印(しほういん)と呼びます。 

佛教の基本的な教え 四つの考え 
 
 

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2013年07月30日

佛教の教え(9)六波羅蜜⑦智慧

智慧(ちえ) 

智慧とは、真理を見極め、真理によって判断、処理できる能力をいい、私共が目指す最終到達点であり、佛の智慧ということであります。
佛教でいう智慧とは、単なる知恵(知識)ではなく、真実の認識力を得ていることが大前提であるとされます。
そして、この佛の智慧は、布施から禅定までの五つの徳目を修行することによって完成されるものであると教えられています。

(布施) 布施波羅蜜 ・・・ 檀那(だんな)分け与えること。
(持戒) 持戒波羅蜜 ・・・ 尸羅(しら)戒律を守ること。
(忍辱) 忍辱波羅蜜 ・・・ 羼提(せんだい)耐え忍ぶこと。
(精進) 精進波羅蜜 ・・・ 毘梨耶(びりや)努力すること。
(禅定) 禅定波羅蜜 ・・・ 禅那(ぜんな)特定の対象に心を集中して、散乱する心を安定させること。
(智慧) 智慧波羅蜜 ・・・ 般若(はんにゃ)諸法に通達する智と煩悩の惑いを断ち真理を悟った慧。

(智慧)智慧波羅蜜こそが肝要とされ、智慧までの五波羅蜜は、智慧を得るための準備手段として必要なもので、五波羅蜜を常に心がておれば、自然と智慧が身につくとされています。

また、智慧は、梵語で「般若」と同じ言葉で、私欲や邪見、執着を離れると、正見の智慧が働き、人本来が持っている心(=佛の慈悲心)を発揮し、真理を見極め、真実の認識力を得ることができると云われています。
 

八正道と六波羅蜜の関係

「八正道」とは、悟りに至る実践を説いたもので、「六波羅蜜」とも対応しています。
六波羅蜜の「布施」と「忍辱」は八正道にはありませんが、この二つの存在こそが大乗佛教の他者救済の性格を強く表すものと云われています。
八正道は自らが悟りを得るための生き方(自利)で、六波羅蜜は菩薩として生きるための生き方(利他)と云えるでしょう。
 
八正道と六波羅蜜の関係





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2013年07月29日

佛教の教え(9)六波羅蜜⑥禅定

禅定(ぜんじょう)

禅定とは、如何なる場面で如何なることが起きようとも決して迷ったり、動揺したりせず、心を平静に保ち、雰囲気に流されず、静かな精神を保ち、常に真理に心が定まっている状態を云います。
継続して行なう精進も、常に落ち着いた心で行なうことが大事であると説いています。
また、佛教の三界(さんがい)の内の色界に、禅定の段階に応じてこの色界を4分割した四禅(しぜん)として説かれています。

四禅(しぜん)
初禅   諸欲・諸不善(すなわち欲界)を離れ、尋・伺(すなわち覚・観)を伴いながらも、離による喜・楽と共にある状態。
第二禅  尋・伺(すなわち覚・観)が止み、内清浄による喜・楽と共にある状態。
第三禅  喜を捨し、正念・正見(すなわち念・慧)を得ながら、楽と共にある状態。
第四禅  楽が止み、一切の受が捨てられた「不苦不楽」の状態。


三界(さんがい)とは、人が生死で輪廻を繰り返す世界を表したもので、欲望を捨てる順に従って欲界→色界→無色界の3つに分かれている。

欲界
食欲や性欲などの一般的欲求にまだ捕らわれている者が住む世界。
六欲天から人間界を含み、無間地獄までの世界をいう。
色界
一般的な欲望は捨て去ったが、時間や肉体と言った物質的条件(色)に未だ縛られている段階の者が住む世界。
この色界は禅定の段階によって、4つ(四禅天)に分けられる。
無色界
肉体などの物質的束縛すらも抜け出し、思考と精神のみで存在する者が住む世界。
禅定に住している世界。

六道(ろくどう、りくどう)
佛教に於いて迷いあるものが輪廻すると云う、6種類の迷いある世界のこと。

天道
(てんどう)
人間道(にんげんどう)
修羅道(しゅらどう)
畜生道(ちくしょうどう)
餓鬼道(がきどう)
地獄道(じごくどう)

三界の構造と六道


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2013年07月26日

佛教の教え(9)六波羅蜜⑤精進

精進(しょうじん)

懈怠(けたい)の心を対冶して、身心を精励して、他の五波羅蜜を修行することです。
精進の「精」の意味は「混じりけのない」という意味です。
精進とは、たゆまず純粋に努力することを云い、一時的な持戒、ある一時のみの忍辱ではなく、一心不乱に継続して努力することこそが精進の本来の意味です。
先ずは最善を尽くして努力し、良い結果が得られても、それに驕ることなく、更に向上心を持って継続することです。
 
この「精進」は八正道正精進と同じ教えを意味しており、正しき方法や方向に向かって生涯努力することです。

八正道




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2013年07月25日

佛教の教え(9)六波羅蜜④忍辱

忍辱(にんにく)

忍辱とは、
持戒は、思考の抑制ですが、忍辱は、感情の抑制です。
悲しみ、怒り、喜び、快楽などの感情は、縁によって生じますが、いつまでも、その感情に執着することなく、平常心に戻る修行を忍辱と云います。
忍とは、いかなる時も腹を立てない。三毒の心を殺し、他からの中傷も負けずに跳ね返す。
人生とは苦しみを忍ぶこと。

忍辱には、大きく二つに分類されます。 

生忍(しょうにん)
喜怒哀楽と言う感情は、どこからともなく生じるものですが、この感情を抑制するのが生忍です。
他人から侮辱や暴力を受けても怒らず、逆に褒められても、尊敬されてもおだてられても喜ばないことです。
囚われない立場で、平常心でそれを受け止めることです。
人は、どこから湧いてくるかわからない感情に支配されがちです。
その感情を抑えることが、囚われないこころ持てることの第一歩ではないかと思われます。
 
法忍(ほうにん)
自分と他者との分別を取り去り、事物・現象に対する執着を離れることです。
他人と自分の分別をとりさり、物事に対する執着を離れることです。
執着を離れれば、仏教の教えがすんなり理解出来るということです。
 
通常は生忍を差して、忍辱と言いますが、修行の最終目標は法忍であることは云うまでもありません。 
上記2つの忍辱が理解、実践が出来て始めて執着から離れることが出来て、自由な考えが自分の中で芽生えるとされています。


忍辱に関連し、佛教では、貪欲(貪り)、愚痴(愚かさ)、瞋恚(怒り)を三毒と呼び、その三毒を取り除くことが、修業と位置付けています。
人は、煩悩を主として生きていると言われていますが、心はついつい三毒によって支配され、やがて毒が体内を回っていくように苦しさをますばかりです。
その三毒を理解し、苦しみから抜け出ることが、人生を楽にする方法です。 
三毒の中で、一番抑制が難しいのが怒り(瞋恚)です。
その怒りの根本を理解して、忍辱(にんにく)を実践することで、いつの間にか人は楽に生きられるようになるのでしょう。

三   毒・・・貪欲(どんよく)・愚痴(ぐち)・瞋恚(しんに) 
それぞれ動物では鶏・豚・蛇に喩えられる
六大煩悩・・・貪欲(どんよく)・愚痴(ぐち)・瞋恚(しんに)・慢(まん)・疑(ぎ)・悪見(あっけん)


三毒と六大煩悩 
 


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