2014年04月

2014年04月30日

神社と歴史(二)現代(16)国家神道の遺産(1)紀元節⇒建国記念の日

国家神道の遺産
国家神道は、日本の敗戦後、GHQ(=連合国軍総司令部) によって解体させられましたが、完全に消滅したわけではなく、その最も顕著な国家神道の遺産のひとつと云えるのが靖國神社ですが、その他にも国家神道の遺産と考えることのできるものが現在も尚存在し続けています。


国民の祝日に関する法律(=祝日法
1948年(昭和二十三年)7月20日、GHQの意向により、国民の祝日に関する法律(=祝日法が公布・即日施行され、それまでの祝祭日(休日)を規定した勅令休日ニ関スル件は廃止されることとなり、それに伴い、休日ニ関スル件で制定されていた11の休日が変更されました。

国民の祝日に関する法律(=祝日法)による休日の変更 
廃止されたもの
  1月  3日元始祭
  1月  5日新年宴会
  2月11日紀元節
  4月  3日神武天皇祭
10月17日神嘗祭
12月25日大正天皇祭(=先帝祭)
 
改称されたもの
  春 分 日春季皇霊祭春分の日
  4月29日天長節        ⇒天皇誕生日
  秋 分 日秋季皇霊祭秋分の日
11月  3日明治節        ⇒文化の日
11月23日新嘗祭        ⇒勤労感謝の日
紀元節 建国記念の日


紀元節⇒建国記念の日
初代天皇神武天皇が即位した日を日本の建国された日として祝うこととし制定された祝日=紀元節は、戦後廃止されることになりましたが、1951年(昭和二十六年)頃から紀元節を復活させようという動きが高まり、反対する動きを抑え建国を記念するための祝日を設けることとなり、1966年(昭和四十一年)、祝日法改正により紀元節と同じ2 月11 日紀元節から建国記念の日に改正し、建国をしのび、国を愛する心を養うことと定め、国民の祝日として制定され、翌1967年(昭和四十二年)2 月11 日から実施されました。  



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2014年04月28日

神社と歴史(二)現代(15)靖國神社 公式参拝

靖國神社 公式参拝
1974年(昭和四十九年)6月3日、靖國神社法案が廃案となり、自民党は靖國神社法案方式を撤回し、慰霊表敬方式、さらに靖国神社公式参拝路線に転換していきました。

1981年(昭和五十六年)3 月18 日、靖國神社に祀られている過去に行われた戦争(戊辰戦争・日清戦争・日露戦争・大東亜戦争など)の英霊の御霊達を、国会議員みんなで参拝しようと云う趣旨でみんなで靖國神社に参拝する国会議員の会が超党派の国会議員の有志によって結成され、同年4 月22 日には、197 名の国会議員が靖國神社に参拝しました。

私的参拝 公式参拝
1975年(昭和五十年)8月15日、三木武夫が総理として初めて8月15日終戦記念日に参拝した際に、私的参拝4条件(公用車不使用、玉串料を私費で支出、肩書きを付けない、公職者を随行させない)による私人としての参拝を行って以降、特に論じられるようになりました。
それ以降、歴代の首相による靖國神社の参拝が、次第に恒例化していきましたが、これらの首相による参拝は、玉串料を私費で支出することによって、私的参拝としての名目を保っていました。
靖國神社 公式参拝 記事














中曾根康弘は、首相在任中十回参拝していますが、1985年(昭和六十年)8 月15 日の参拝は、初の公式参拝と位置付けられましたが、宗教色を薄める手段として、神道形式の二礼二拍手一礼の代わりに一礼で済ませ、玉串料の代わりに献花料三万円を公費から支出する方式をとりました。

(戦後)歴代総理大臣の靖国神社参拝回数 
※( )なしの政党は自由民主党

A級戦犯合祀前
在任期間1946(昭和二十一年)5月22日~1978年(昭和五十三年)12月7日
 
吉田茂5回、片山哲(日本社会党)0回、芦田均(日本民主党)0回、鳩山一郎(日本民主党)0回、石橋湛山0回、岸信介2回、池田勇人5回、佐藤榮作11回、田中角榮5回、三木武夫3回、福田赳夫4回


A級戦犯合祀報道(1979年昭和五十四年4月19日)後以降
在任期間1978年(昭和五十三年)12月7日~2014年(平成二十六年)現在

大平正芳3回、鈴木善幸9回、中曽根康弘10回、竹下登0回、宇野宗佑0回、海部俊樹0回、宮澤喜一0回、細川護熙(日本新党)0回、羽田孜(新生党)0回、村山富市(日本社会党)0回、橋本龍太郎1回、小渕恵三0回、森喜朗0回、小泉純一郎8回、安倍晋三(第1次安倍内閣)0回、福田康夫0回、麻生太郎0回、鳩山由紀夫(民主党)0回、菅直人(民主党)0回、野田佳彦(民主党)0回、安倍晋三(第2次安倍内閣)1回



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2014年04月25日

神社と歴史(二)現代(14)靖國神社法案

靖國神社法案(やすくにじんじゃほうあん)
1969年(昭和四十四年)6月3日、自由民主党(=自民党)は、靖国神社国家護持こそ、軍国主義を逆に戒めるために、平和主義日本国の処置としてとるべき要務であると考え、靖國神社法案を議員立法として国会に初提出しました。因みに、この年は、靖國神社東京招魂社の創建から百周年にあたる年でもありました。
靖國神社



この法案は、靖國神社を日本政府の管理下に移し、政府が戦没者及び国事に殉じた人々の英霊に対する国民の尊崇の念を表すため、その遺徳をしのび、これを慰め、その事績をたたえる儀式行事等を行い、もってその偉業を永遠に伝えることを目的とし、政教分離規定への抵触を防ぐため、靖國神社を宗教法人から特殊法人に変え、神道祭祀の形式において宗教色を薄めるものとし、靖國神社は本来宗教団体ではない、依って現在のかたちのままで国が管理、監督し、補助金を支出しても構わないとして、いかに非宗教的と見せかけるかという観点で作成されていました。
 
一方左派からは、戦前復古であるとして反対論が展開され、他の宗教団体も国が靖國神社を特別視するものだとして反対論が多く表明されました。また、当の靖國神社自身も、靖國神社の宗教性を否定されることに反対の立場をとっていました。

1969年(昭和四十四年)8月5日、靖國神社法案は、宗教界内外の大きな批判をうけて結局、会期終了によって審議未了で廃案となり、その後1972年(昭和四十七年)まで毎年提出されましたがすべて廃案になりました。そして1973年(昭和四十八年)4月27日に5回目の国会提出がなされ、自民党は継続審議を強行採決をし、翌1974年(昭和四十九年)4月12日に法案が委員会で強行採決され、同年5月25日、衆院本会議で自民党単独採決するも、靖國神社法案は、大きな批判に晒され結局、参議院で審議未了で廃案となりました。



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2014年04月24日

神社と歴史(二)現代(13)靖國神社 戦犯の合祀

靖國神社 戦犯の合祀
戦後、一民間の宗教法人となった靖國神社は、1959年(昭和三十四年)、BC級戦犯合祀しました。靖國神社に戦死者以外が合祀されることは極めて例外的でしたが、戦犯は国内法で裁かれた者ではないという解釈から戦犯の刑死、獄死等も公務死に準ずる法務死とされ、合祀されるに至りました。A級戦犯については、1970年(昭和四十五年)、靖國神社崇敬者総代会A級戦犯合祀が決定されましたが、国民感情を考慮し、当時の宮司預かりの保留となり、合祀を延期していました。
靖國神社


しかし、1978年(昭和五十三年)7月1日、靖國神社新宮司松平永芳が就任し、A級戦犯を合祀しないことは極東国際軍事裁判(=東京裁判)史観を容認することを意味し、即ち日本の精神復興は出来ないという判断から、同年10月17日、昭和殉難者(=国家の犠牲者)としてA級戦犯のうちで既に死亡している(死刑及び獄中死、病死)十四名を祭神として、独断で合祀に踏み切りました。

 



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2014年04月23日

神社と歴史(二)現代(12)千鳥ケ淵戦没者墓苑

千鳥ケ淵戦没者墓苑(ちどりがふちせんぼつしゃぼえん)
1953年(昭和二十八年)12 月11 日、日本政府は、先の大戦において海外で亡くなられた日本の軍人軍属のみならず、海外において犠牲になられた一般邦人の戦没者遺骨の内、氏名判明せざるもの並びに遺族不明のためお渡しできぬものを、国が建設する「無名戦没者の墓」(仮称)に収納し、国の責任において維持管理するとの方針を閣議決定しました。
千鳥ケ淵戦没者墓苑
この墓は、1956年(昭和三十一年)12 月4 日、場所を千鳥ケ淵とすることが決定され、1959年(昭和三十四年)3 月13 日、名称を千鳥ケ淵戦没者墓苑とすることが決定されました。
同年3 月28 日、千鳥ケ淵戦没者墓苑の墓前において政府の主催による竣工式と追悼式が挙行され、追悼式には昭和天皇香淳皇后両陛下が御臨席あそばされました。
昭和天皇の戦没者に対する御心痛は深く、戦没者墓苑が竣工するにあたり、金銅製茶壷型のお骨壺を御下賜になり、各戦場の全戦没者を象徴するお骨を少しずつ納骨して、六角堂中央の茶色の陶棺の中に安置されました。

昭和天皇より下賜された御製(千鳥ケ淵戦没者墓苑創建の際)
國のため いのちささげし 人々の ことを思えば  むねせまりくる 

安置納骨室や増設納骨室には、2013年5月時点35万8260柱の御遺骨が安置されており、千鳥ケ淵戦没者墓苑は、靖國神社とは対照的に、施設自体は特定宗派の宗教性を帯びないため、そこでは毎年、神道、佛教、キリスト教等のさまざまな宗教団体によって式典が挙行されています。



mahorakususi at 17:39|PermalinkComments(0) 神社と歴史 | 現代
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