天照大神

2015年02月03日

神道のことば(八)祭祀(175)神宮の祭祀(CXXI)心御柱奉建(一)

神宮の祭祀 心御柱奉建(一)

心御柱 (しんのみはしら)は、御正殿の御床下に奉健(ほうけん)される特別な 御柱(みはしら)で、、社殿の実用的な支柱ではなく、しかも神宮祭祀上極めて清浄神秘を重んじられる柱として、嘗て忌柱 (いみばしら)天ノ御柱(あめのみはしら)天ノ御量柱(あめのみはかりのはしら)とも呼ばれ、御正殿大床(おおゆか)中央に地中深く建てられる柱で、(しん)とは真中(まんなか)を意味します。 
心御柱奉建図 内宮 古代の敬語では貴い人一柱(ひとばしら)二柱(ふたばしら)と数え、柱の語源は、はし(橋、梯)にあるとされ、今の言葉では、橋渡しの意味で理解されます。こちらから向こう岸へ渡ると同様に、柱は地上の 神々の世界 を結ぶ意味を持っており、その尊さを秘めて  を、はしらと数えたのですが、(いみ)と云う格別神聖な接頭語を付けた忌柱 (いみばしら)、つまり 心御柱 (しんのみはしら)は、天照大神 (あまてらすおおみかみ)豊受大神 (とようけのおおみかみ)神霊 (しんれい=ミタマ)が宿る柱と考えられます。 

その心御柱の奉建は遷宮諸祭の中でもひときわ重んじられてきた夜中の浄暗(じょうあん=神事をとり行う際の、けがれのない暗闇)の中で行われる秘儀で、第六十二回神宮式年遷宮に於いて、 皇大神宮 は平成二十五年九月二十五日、豊受大神宮は九月二十七日と、それぞれの洗清(あらいきよめ)の儀式の翌日に斎行されます。

心御柱奉建(二)に続く

心御柱奉建 (直近は平成二十五年九月二十五日、九月二十七日) 
皇大神宮 (内宮)    
平成二十五年九月二十五日 午後八時
豊受大神宮 (外宮) 
平成二十五年九月二十七日 午後八時
        
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2014年10月23日

神道のことば(八)祭祀(108)神宮の祭祀(LIV)御船代祭(三)

神宮の祭祀 御船代祭(三)

延喜式には天照大神御樋代御船代の寸法が下記のように記されています。

御樋代(みひしろ)
(高さ)二尺一寸(深さ)一尺四寸(内径)一尺六寸三分(外径)二尺

御船代(みふなしろ)
(長さ)七尺三寸(内)五尺七寸(広さ)二尺五寸(内)二尺(高さ)二尺一寸(内の深さ)一尺四寸 

一寸の十倍の一尺を三十・三センチメートルとして換算すると、御船代 (みふなしろ)の長さは優に二メートルを超えるもので一木(いちぼく)でそれをつくるにはかなりの大材が必要とされます。
御船代02

御船代01
御船代祭 (みふなしろさい)はその良材を伐採するために、木の本 (このもと)に坐(ま)す神 をお祀りし、戴いた(ひのき)を二つ割にして、立派な御船代が製作できるように祈るお祭りです。

皇大神宮儀式帳によれば、当時、用材の伐採から御正殿内に御船代が奉納されるまでには約一年を要したようで、現在では用材の乾燥に細心の注意を払い、ひび割れを防ぐため、伐採から八年後遷御(せんぎょ)の日が近づいた頃に、御船代奉納式によって御正殿内に御船代は奉安されます。

尚、御船代祭木の本 (このもと)に坐(ま)す神 をお祀りする点では、御造営前段の祭儀とも考えらますが、用材を製材し、彫り上げるまでの作業の順調をも祈るため御造営後段の祭儀としてとらえられます。 
御船代祭(四)に続く

御船代祭 (直近は平成十七年九月十七日・十九日)
皇大神宮(内宮)   九月十七日 
豊受大神宮(外宮)  九月十九日    

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2014年10月02日

神道のことば(八)祭祀(94)神宮の祭祀(XL)木本祭(一)

神宮の祭祀 木本祭(一)

木本祭 (このもとさい)とは、平安時代に編纂された延喜式に、正殿(しょうでん)心柱(しんのみはしら)を採る採正殿心柱祭 と記される極めて特殊で厳重なお祭りで、新宮(にいみや)御正殿(ごしょうでん)御床下(おんゆかした)中央に奉建する特別な柱である心御柱 (しんのみはしら)の御用材を伐り出すにあたり、御木(おんき)(もと)に坐(ま)すを祀る祭儀のことを云います。
木本祭
心御柱 (しんのみはしら)は、社殿の実用的な支柱でなく、しかも神宮祭祀上極めて清浄神秘を重んじられる柱として、嘗て忌柱 (いみばしら)とも云われ、正殿の大床中央に地中深く建てられる柱で、(しん)とは真中(まんなか)を意味します。
古代の敬語では貴い人を一柱(ひとばしら)、二柱(ふたばしら)と数え、柱の語源は、はし(橋、梯)にあるとされ、今の言葉では、橋渡しの意味で理解されます。こちらから向こう岸へ渡ると同様に、柱は地上の神々の世界を結ぶ意味を持っており、その尊さを秘めて を、はしらと数えたのですが、(いみ)と云う格別神聖な接頭語を付けた忌柱 (いみばしら)、つまり心御柱 (しんのみはしら)は、天照大神 (あまてらすおおみかみ)豊受大神 (とようけのおおみかみ)神霊 (しんれい=ミタマ)が宿る柱と考えられます。
心御柱
僅かな奉仕者以外、神宮神職と雖(いえど)も奉拝を許されない神秘の祭儀で、日時は天皇陛下御治定によるもので、遷宮祭最初の 山口祭 が行われた日の夜、浄暗(じょうあん=神事をとり行う際の、けがれのない暗闇)の中で行われます。
木本祭(二)に続く

木本  (直近は平成十七年五月二日~三日)
皇大神宮(内宮)   午後八時より
豊受大神宮(外宮) 午前零時より   
※ 深夜に行われるため非公開 

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2014年06月26日

神道のことば(八)祭祀(34)皇室の祭祀(XIII)祈年祭

皇室の祭祀(小祭)祈年祭
宮中三殿
祈年祭(きねんさい)とは、年を祈る祭りであり、その年とは 年に一回稔ることから稲(=米)をはじめとする穀物(五穀)の稔りを意味し、稲穂を蒔く年の初めの二月十七日に、宮中三殿において、その年の穀物の豊穣(五穀豊穣)を祈る宮中の祭祀で、としごいのまつりとも云われ、春に田の神を山から迎え、秋に再び山へ送ると云う田の神、山の神の春秋去来の伝承の農耕儀礼が起こりで、平安時代中頃になると、天照大神を主に祀る祭祀と認識され、院政期には天照大神を奉祀する天皇の祭祀として厳修され宮廷儀礼としても行われるようになり、十一月二十三日に行われる、一年の収穫を感謝する新嘗祭(にいなめさい)と対になる祭祀のことを云います。

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2014年06月24日

神道のことば(八)祭祀(32)皇室の祭祀(Ⅺ)歳旦祭

皇室の祭祀(小祭)歳旦祭
宮中三殿
歳旦祭(さいたんさい)とは、一月一日(元日)の早朝、皇居内、皇霊殿の西の神嘉殿南庭において天皇陛下が親行なされる四方拝(しほうはい)に続き、同日午前五時三十分から宮中三殿(賢所、皇霊殿、神殿)において掌典長が主宰し、祝詞をあげ、午前五時四十分ごろ四方拝を済ませた黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)姿の天皇陛下天照大神をはじめ、皇祖(=天皇の先祖)天神地祇(てんじんちぎ=天つ神と国つ神、すべての神々)親拝し、五穀豊穣と国家国民の弥栄(いやさか)を祈る年始の祭典のことを云い、天皇陛下に続いて、黄丹袍(おうにのほう)姿の皇太子殿下が拝礼されます。



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